戦国の尼子、大内、毛利の戦の舞台となった京羅木山、三郡山、勝山城跡と月山の4点セットで登ってきた。
広瀬側の登山口は麓のお寺だった。ほぼ尾根沿いに登ると平坦な勝山城跡に着く。
ここからの眺望は広く、月山の動きが手に取るようにわかる。毛利(吉川)軍はここを前線に月山を攻撃した。
三郡山の砦からも月山は良く見え、京羅木山の本陣も同時に見える。ここから本陣まではわずか20分だった。
一旦下山して車で道の駅まで移動し、この日の4座目の月山に登った。山中御殿は広大だが尼子時代には無く、吉川時代に谷を埋めて広げて御殿が建てられた。
二ノ丸からの眺望は素晴らしく、先ほど登った勝山城跡、三郡山、京羅木山が一望だ。
月山の兵糧攻めの時、京羅木山本陣では月山を見下ろしながら宴会をしていたのでは?、などと話が盛り上がった。
富田城から松江城への引っ越しに使った駒返(こまがえし)の街道も見渡せた。